lynnosukeのブログ

愛なんてそこじゃなくて生きてるだけじゃ足りなくて

止まない雨

窓を叩きつける激しい雨音。殴られているかの様な凄まじい雷音。子どものわたくしは一人で布団に潜り母の帰りを待っていた。涙を流しながら待っていた。あの日の夜もそうであった。連日の大雨は勢いを増し屋根の真上から響く雷鳴に一人で心細かった。町内のアナウンスカーは避難勧告と断水を告げていた。雷鳴と同時に停電をし灯りがちらつく部屋で浴槽やポリタンク、水筒、とにかく水を貯めこんだ。携帯電話の電波は途切れ出し一人でうずくまった。わたくしは子どもの頃からエネルギーが爆発する音に敏感なのである。怖いのである。そんな時に遠く離れる友人から電話が入った。すがる思いであった。聞こえにくかったが確かに声を聞いて落ち着いた。あまり人には言っていないがわたくしはアリス症候群と脳内爆発音症候群という疾患がある。空に突き刺さりそうな高層ビルの鉄筋が一瞬にして崩れ落ちる大きな金属音が脳内に響く。全身は極度に小さく感じ頭は部屋中を支配するかの如く膨張感に見舞われる。心が壊れてゆく。いつも一人で。弱っていたわたくしはその友人からの電話で崩れてゆく何かを分かっていた。心が途絶えてゆく。離れてゆく。傷つけ傷ついてゆく中に自らが飛び込んだ。エネルギーが爆発する音に耐えられなかった。音に苦しむ一瞬に目の前を塞がれる。信じたかったのだ。誰かがいないと自分の存在自体が分からなくなる。心の暗渠に入り込んだ友人に安らぎを求めた。溢れ出した時、一人ではなかったが苦しかった。激しい雨はわたくしを連れ去る事はなく描いた想いだけが止まった。崩れてゆくのが早過ぎて今でも傷ついたまま涙を流しながら待っている。

可視光線

出逢ったその日、黒曜石を手にした貴方は美しかった。石に水をかけ虹色の表面を見せてくれた。不規則にゆっくりと流れ落ちる水の雫は光り輝きゼリー状の硝子体は揺れた。不思議な空間であった。初対面で肩が触れ合うほどに真横に立ち体温を感じていた。遥か昔から一緒だった様な気さえした。石と一体化した微粒子と波動、そしてわたくしと同じ目をしていた。これは同じ者同士にしか分からない一点の黒、水晶体の上の虹彩。見なくても良い物を見てきた目。盲点である視神経乳頭には細胞が無い。その細胞にですら何かを刷り込まれた目。桿状体と錘状体に張り巡らされた三属性。貴方が導き出す屈折、散乱、回折、干渉をわたくしは吸収、反射、透過をした。加法混色の日々を過ごした。黒曜石のプリズムに分光され刺激値は直読された。視感は測色の方向。構成が色鮮やかに調和し合った時、感覚と知覚は遠い日々に巻き戻された。数年前、貴方とわたくしは同じ空間にいた。既に出逢っていた。数年をかけて開かれていた盛大な幕開け、引き寄せの法則。黒曜石が三原色の一つであった。薄明視の中で出逢ったわたくし達は色順応をする事はなく恒常的であった。同化現象ではなくあくまでも個々の色は明確に知覚をしていた。混色ではなく追出をしてきた。視認性と可読性を保ちながら表現感情と固有感情で効果をもたらした。具体的連想や抽象的連想を語り合った。等純系列を経験している同じ目。不調和とは明度の影響が大きいが貴方の美度で毎日が調和されていた。触れた指先は温かく合わせあった背中は大きく支えてくれた。初めてだった、温度がある髪の毛を保有する男性は。小さな灯りを一緒に眺めた。暗い部分が見えない人間にはその深さは分からない。眩しい季節を与えてくれた君をいつも想う。

50の音

愛していると言われた
嫌な気分になったのにもかかわらず
迂闊にも一緒になった
えんじ色のセダンに乗っていた

勝手すぎて
嫌いになるのにも早かった
苦しむのが早く
結婚歴があり
子どもが一人いた
さっさと終わって欲しいと思った
仕方がなく一緒にいた
少しでも目を覚まして欲しいと思っていた
生活の安定は無かった
そいつの前の奥さんが多額の借金を残してわたくしが一緒にいた男性にのめり込んだ
単なる残された者同士
近くにいただけである
付き合った日々に疑問が残る
展開としては友人からわたくしの電話番号を聞き急に部屋に来た
突然キスをされかけた
何が起きているのか分からなかった
日常に入り込まれるのは嫌いである
温もりなどはいらなかった
燃料がなくなったと怒られた
呑みに行ったわたくしをエンジンをかけたまま朝まで勝手に待っていた
話をするのも嫌なほど嫌いになっていた
ひるむ事を止めない男を無視した
普段からわがままだったからである
下手にかまうと甘える
本当に疲れる男
全く反省もしない
身なりばかりを取り繕い
息子の面倒も見ない
目立ちたいだけのそれだけで
目的は不明瞭
やたらに嘘をつき
夢を語る
世の中の甘さの中にいた
楽に生きようとしてきた
両親に甘え
ルールに同意はできなかった
連日なる借金の取り立て
ろくに働きもせず
わたくしには理解ができないそいつにグラスに入っていた水を思いっきり顔にかけた。インコースから。

傷痕

皮膚にわたくしの名を刻んだ君の人生を狂わせてしまったと未だに後悔をしている。消える事がない貼り付いた名前とそこにはいないわたくしと共に生きる事を選んでくれた。鼓動に合わせ脈動する名前。生きている限り血はたぎるその皮膚の上に存在しているわたくしの名前。裏切ったわたくしに寄り添った君は別れという選択肢は示さなかった。不完全で未完成のままわたくしは逃げた。振り解き走って走って逃げた。道端に咲いていた綺麗な花を踏みにじった。花束をプレゼントしてくれた時の笑顔を振り払った。陽に当て寒さには衣類で囲いをしてあげた。食事を与え成長していった。伸び出した髪の毛を切ってあげた。総ての季節を一緒に見た。何もしないでここに居て。と、言った君の手入れを放棄した。傷口は膿み暗い部屋で枯れる事を選んだ。大切に育ててきた朽ち果てる君を見る勇気は無い。繊細で美しかった花を咲かせていたのに君の身体に傷をつけ心を汚した。種を蒔く事も無く。

エビデンス

強く繋ぎ合っていた手が離れた瞬間、幸せであった日々は忘却の彼方へと堕ちる。いつも触れ合っていたどちらかの冷たい毛先の感触は更に冷たく髪の毛に記憶が宿る。もう横には居ない。風の音、シーツが擦れる音、身体がぶつかり合う音、声。何も聞こえない。愛されていた時間は錯覚であったのか。強く抱きしめられていた感覚は確かに肌に残り心を締めつけられる。見つめていた眼差しは記憶の中で濁る。愛の中に居た映像は夕刻から夜に滑り落ちる色へと変わり停止する。愛される自信を失う。自分とは違う体温の指先が絡まる事を思うだけで哀しみが押し寄せる。記憶が宿った冷たい髪の毛を掻き毟る。ゆっくりと膝から崩れ落ちる。冷たい地面に爪を立てる。ずっと掴んでいた肩はそこには無い。愛される資格さえも与えさせてもくれない。まだ一緒に居たかった。抱き合ったまま堕ちれば良かった。一緒に居た時間は放たれた。また一人になった。

1997年 夏

金髪が揺れていた。信号待ちで車のエンジンが止まった。アメ車にはよくある話である。アロハシャツにブルーのサングラスをしていた君と一緒に車を押した。汗だくになって車を押す君の横顔は美しくステアリングを切るシャツの袖から伸びる腕は筋肉の筋が浮き立っていた。そして何よりも君の体臭が好きであった。真夏の照りつける太陽の光が君の金髪を一層、美しくしていた。俺ねぇ、こうやって車が止まるじゃない。横に乗ってる女で車を押さない女がいるわけよ、ヒールを履いているとか化粧が崩れるとかさ。降りもしない女もいるからね。そういう女は無理だわ。二人で車を押した。車が行き交う国道で。誰か手伝ってくれたらいいのにね。誰も手伝わないって、この暑さに。マンションまでの道のりをようやく押して帰ってきた。デートに連れて行けなくなってごめんね。と、君は謝ったが、二人で一緒にいられるだけでも楽しいよ。と、言った。りん、先にシャワー浴びておいで、俺の服だけど着替えを出しておくからね。初めて君の部屋でシャワーを浴びるのがとても恥ずかしかった。俺もシャワー浴びてくるわ、汗臭いでしょ?うん、その汗の匂いが好きだよ。シャワーから出てきた君は騒いだ。えっ!?俺!?サングラスしたままシャワー浴びたの!?知らないよ、顔は洗ったの?てか、頭も洗っているじゃん。俺、服脱いで、サングラス外して、またかけたんだわ、度入りだからさ。車のエンジンが止まっても動じない君はサングラスに動揺をしていて可愛らしかった。そしてサングラスをしたままベッドに飛び込んで来たのでサングラスを外してあげた。見えないでしょ?いや、ここまで近寄れば見えるよ。初めて間近で顔を見た。長い濡れた前髪に包まれ二人でじゃれあった。下目遣いでたまに髪をかき上げる君は美しかった。夕方、君の体臭と柔軟剤の香りが少し交じり合っていたアロハシャツを借りた。車を修理しエンジンがかかった。昼間とは違い涼しくなっていた。何をしていても美しいと思った。近くにいると同じボディシャンプーの香りがしていた。明日もっかいデートしよ?迎えに行くわ。君のベンチシートに乗って昨日の道を走っていた。信号待ち、今日流石にエンジンが止まったら俺、笑うわ。エンジンが止まった。昨日、借りた君のアロハシャツを着てわたくしはグレーのサングラス。君もアロハシャツにブルーのサングラス。道路の照り返しの暑さの中、二人でまた車を押した。デジャヴかと思った。君の携帯電話が鳴った。電話に出た君は大笑いをした。友人と話す口調はわたくしと話す時とは違って男くさかった。電話先で友人が国道で派手な恰好の二人が車を押していた。手伝いに行こうかと思ったが笑いが止まらないからそのまま見物をしていた。と、言うのだ。しかも友人曰わく、二人とも楽しそうに車を押しているもんだから車って押すもんじゃなく乗るもんだぞ。と、言ったそうだ。笑いが止まらない二人は力尽きていた。すると横にゆっくりと車が近寄ってきた。友人である。窓を開けながらわざとらしく故障っすか!?大変だねぇ、んじゃぁね!いや、ちょ!待って!二人は走って友人の車を追いかけた。車が停まり、冗談だって、必死に追いかけてきてお二人さん。あのねぇ、昨日も止まっちゃったの。あぁ、知ってるよ。昨日あの交差点だろ?友達が言ってたよ、暑い中、車を押していたけど仕事だったから通り過ぎたって。休みになったら二人で車を押しているって笑ってたぞ。車もねぇ、ヤキモチを妬くのさ、どこにも行けないんでないの?ううん、一緒にいられるだけでいいもん。君の美しい横顔を見ているだけで満足であった。数ヶ月後、書店で本を読んでいると隣に懐かしい体臭の男性が立っていた。ゆっくりと顔を見上げると君がいた。まだあの車に乗っているよ。その後、一度だけ君を見かけた。交差点を一人で車を押していた。涙が溢れた。

ショートホープ

結婚願望が無いわたくしが唯一、結婚をしたいと思った男性がいた。わたくしが十八歳の時から三年間、一緒に居た方である。日曜日以外は少しの時間でも会い電話は毎日あった。初めて左ハンドルのメルセデスを運転したのもこの方のである。560SEL。十歳上であったが会話は問題なく食べ物の好みが少し合わないぐらいでかなり惚れ込んでいた。それもそうで初対面から共通の知人が居たので仲良くなりわたくしは言った。付き合ってよ。と。電話番号を教えて。と、言われ教えると笑顔で、夜に電話をするわ。と、言ってくれた。夜に電話があり付き合う事となった。どちらかが車で会いに行くと片道一時間なのだがわたくしは高校生の時にお付き合いをしていた方で片道一時間でも懲りていた。真冬になると会いに行くのが大変なのである。殆どは会いに来てくれていたのだがモテる方であったので少しだけの心配はあったがお酒に弱い方なのでお酒は呑まず酔っ払っての女性関係の心配は無かった。問題はわたくしが好きになり過ぎた。何をしていても頭の中がいっぱいなのである。三年間、本当に楽しかった。背中に指文字で、好き。なんて書いてわたくしの背中には、俺も好き。なんて書いて若さなのか何だったのか。職場に来た時には小さく折り畳んだお手紙を渡すのが日課であった。大喧嘩は一度だけで理不尽に怒られたがわたくしはいつも通りにショートホープを二つ買い知人の会社に男性が来たら渡しておいて。と、頼んだ。それを知らずに知人の会社に行った男性はショートホープを受け取りわたくしに直ぐに電話をくれた。この一度だけの喧嘩が総ての要因でもあった。わたくしはお婿さんを取らないとならないのだが相手は四人兄弟の三番目であったがそちらはそちらで家庭の事情があった。そしてわたくしは長男としか性格が合わないのである。どうも二番目や中間子の方はここ一番という時にふざける。これが疲れるのである。今でもショートホープを見ると思い出す。幸せだった三年間を。