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lynnosukeのブログ

愛なんてそこじゃなくて生きてるだけじゃ足りなくて

本は毒である

小学生の頃、母はわたくしに次郎物語のセットを渡した。読みなさい。と。小学生の自分に読めるわけもなくただ本を見つめていると母はノートと漢和辞典を置いた。漢字から調べろというのだ。本当に嫌で気の遠くなる作業であった。漢字を調べたところで意味など理解できるはずもない。以来、読書は大嫌いになった。十歳の時に両親の離婚をきっかけに苫小牧から十勝に引っ越してきた。カルチャーショックを受けた。遊び場がないのである。仕方なく読書をする事になったのだがこれが間違いないというかわたくしのサブカルへのベースになった。それこそ難しい漢字が連なっていたのだが飛ばし飛ばし読んだ。江戸川乱歩である。あの魑魅魍魎とした世界にどっぷりとハマった。わたくしが歌舞伎好きなのもこの世界観にあるのかもしれない。というのも苫小牧にいる時に祖父母の家の二階を貸していたのだがここでは日本舞踊を教えていた。いつも三味線の音と踊りの先生が生徒さんに舞踊を教えていた。祖父が昔、芸者遊びをしていたDNAか母が呉服屋に働いていたDNAか祖父のお兄さんが日本画家であったりとかどうにもこうにも着物や畳や床板に引き込まれる。また家自体も炉があったり離れや池があったりとニッポンという感じであった。この江戸川乱歩の虚構な世界というのもアル中であった母の奇妙な行動にマッチしていてゾクッとするのである。そこにわたくしは寺山修司を知る。わたくしの中で寺山文学は今でもトップである。あの天井桟敷というネーミング然りお祭りで見たお化け屋敷の看板、見世物小屋、紙芝居。とにかく不気味なのである。そして両者共に猥褻なのである。子ども心にこの湿った世界は何なのかと思った。これは母が精神病棟で知り合ったという女性の家に行った時に感じた。年上の彼女はいやらしくベットにシミーズ姿で座り年下の男性と煙草をくゆらせていた。これなのである。この元風景からわたくしは鈴木いづみも好きである。快楽を貪るだけの淫靡な世界。破廉恥より重く動作をする。この物語にはやはり着物が不可欠なのである。帯締めで縛り上げ固定をする。以来わたくしは緊縛の世界も好きでとある緊縛の会にも所属している。そうなると必然的に団 鬼六や明智先生に興味をもつ。そして快楽の動作からバクシーシへと行きリアル過ぎて具合を悪くした。そうして変な人格が形成されたのである。粘膜が濡れるというのを知る前から。