lynnosukeのブログ

愛なんてそこじゃなくて生きてるだけじゃ足りなくて

1997年 夏

金髪が揺れていた。信号待ちで車のエンジンが止まった。アメ車にはよくある話である。アロハシャツにブルーのサングラスをしていた君と一緒に車を押した。汗だくになって車を押す君の横顔は美しくステアリングを切るシャツの袖から伸びる腕は筋肉の筋が浮き立っていた。そして何よりも君の体臭が好きであった。真夏の照りつける太陽の光が君の金髪を一層、美しくしていた。俺ねぇ、こうやって車が止まるじゃない。横に乗ってる女で車を押さない女がいるわけよ、ヒールを履いているとか化粧が崩れるとかさ。降りもしない女もいるからね。そういう女は無理だわ。二人で車を押した。車が行き交う国道で。誰か手伝ってくれたらいいのにね。誰も手伝わないって、この暑さに。マンションまでの道のりをようやく押して帰ってきた。デートに連れて行けなくなってごめんね。と、君は謝ったが、二人で一緒にいられるだけでも楽しいよ。と、言った。りん、先にシャワー浴びておいで、俺の服だけど着替えを出しておくからね。初めて君の部屋でシャワーを浴びるのがとても恥ずかしかった。俺もシャワー浴びてくるわ、汗臭いでしょ?うん、その汗の匂いが好きだよ。シャワーから出てきた君は騒いだ。えっ!?俺!?サングラスしたままシャワー浴びたの!?知らないよ、顔は洗ったの?てか、頭も洗っているじゃん。俺、服脱いで、サングラス外して、またかけたんだわ、度入りだからさ。車のエンジンが止まっても動じない君はサングラスに動揺をしていて可愛らしかった。そしてサングラスをしたままベッドに飛び込んで来たのでサングラスを外してあげた。見えないでしょ?いや、ここまで近寄れば見えるよ。初めて間近で顔を見た。長い濡れた前髪に包まれ二人でじゃれあった。下目遣いでたまに髪をかき上げる君は美しかった。夕方、君の体臭と柔軟剤の香りが少し交じり合っていたアロハシャツを借りた。車を修理しエンジンがかかった。昼間とは違い涼しくなっていた。何をしていても美しいと思った。近くにいると同じボディシャンプーの香りがしていた。明日もっかいデートしよ?迎えに行くわ。君のベンチシートに乗って昨日の道を走っていた。信号待ち、今日流石にエンジンが止まったら俺、笑うわ。エンジンが止まった。昨日、借りた君のアロハシャツを着てわたくしはグレーのサングラス。君もアロハシャツにブルーのサングラス。道路の照り返しの暑さの中、二人でまた車を押した。デジャヴかと思った。君の携帯電話が鳴った。電話に出た君は大笑いをした。友人と話す口調はわたくしと話す時とは違って男くさかった。電話先で友人が国道で派手な恰好の二人が車を押していた。手伝いに行こうかと思ったが笑いが止まらないからそのまま見物をしていた。と、言うのだ。しかも友人曰わく、二人とも楽しそうに車を押しているもんだから車って押すもんじゃなく乗るもんだぞ。と、言ったそうだ。笑いが止まらない二人は力尽きていた。すると横にゆっくりと車が近寄ってきた。友人である。窓を開けながらわざとらしく故障っすか!?大変だねぇ、んじゃぁね!いや、ちょ!待って!二人は走って友人の車を追いかけた。車が停まり、冗談だって、必死に追いかけてきてお二人さん。あのねぇ、昨日も止まっちゃったの。あぁ、知ってるよ。昨日あの交差点だろ?友達が言ってたよ、暑い中、車を押していたけど仕事だったから通り過ぎたって。休みになったら二人で車を押しているって笑ってたぞ。車もねぇ、ヤキモチを妬くのさ、どこにも行けないんでないの?ううん、一緒にいられるだけでいいもん。君の美しい横顔を見ているだけで満足であった。数ヶ月後、書店で本を読んでいると隣に懐かしい体臭の男性が立っていた。ゆっくりと顔を見上げると君がいた。まだあの車に乗っているよ。その後、一度だけ君を見かけた。交差点を一人で車を押していた。涙が溢れた。