lynnosukeのブログ

愛なんてそこじゃなくて生きてるだけじゃ足りなくて

歩美

2007年11月 会社で呼吸ができなくなり救急車…と、一言ようやく言ったが騒ぎになるからと会社の奥さんの車で病院へ行った。その間の意識はない。
社長のお父様の喪中ハガキ400枚を書き終えたところだった。この頃、家に帰れば夕食と次の日のお弁当の支度、わたくしの祖父の喪中ハガキ300枚に王子さんの下の妹の進学準備、王子さんのお父様が亡くなったので未成年後継人手続き毎月の支払い仕送りと家庭裁判所への書類提出これらが3軒分のし掛かった。そこに友人のお母様が離婚をし住居や生活保護の手続き、友人が会社を辞め年金等の手続きにそこに出所した友人の手続き、気力が切れてしまったのかもしれない。ふと先程、会社を辞め日に日に精神が壊れてしまった友人を思い出した。弟みたく可愛がり向こうはわたくしをお姉ちゃんと言っていた弟T。先日わたくしが紹介をされた総合病院の精神科に行ってしまった。そこだけは駄目だよ?と、言っていたのに母親がその病院に通院していると理由で。普段は拙宅に居候をしていた。寂しいからと。自分のマンションに帰っても連絡がきていた。ある日のこと、2日ぐらい全く連絡も無く強い薬で眠っているのだろうな。と、思っていたら友人から電話が入り、凜ちゃん!Tさん!頭打ったから病院に連れてって欲しいって電話きたから!今から凜ちゃん!迎えに行っていい!?凜ちゃん…ってTさん言ってるから!わたくしは新品のタオルを持って行った。2人でマンションのドアを叩くと鍵は開いていた。ドアを開けると玄関の床に血しぶきの跡が。見ると乾いているので今ではないと判断ができた。驚くべきは室内の荒れよう。大量のお酒のボトルの中に埋もれるように座っていた。こけて頭打った。頭の傷も乾いていたのだが薬の量である。カクテル処方も甚だしい量。だから行ったら駄目だって言ったじゃん、取り敢えず救急に行こう?1度だけ弟の部屋で2人で遊んだ。わたくしはまだ気が付いていなかった。結局、弟は自殺未遂を起こし地元へ帰った。弟はわたくしのことが好きだったのである。出所した友人もわたくしのことが好きだったのを知り悩んでいたのだ。そうして友人関係は解体された。90年代から駆け抜けてきた世界が2007年に停止した。それが先週、友人との会話で、凜ちゃんが俺のこと好きなのも知ってるし俺も分かってるよ?N、あいつは凜ちゃんが好きなの、小学生から知ってるから見てたら分かる、凜ちゃんが好きなのを、で、あいつは結婚してるから自分で抑えてるの。またわたくしは気が付いていなかった。昨年のイベントもN君から誘われたんだ?でしょう。わたくしは思い出した。ある深夜、連絡があった。起きてしまうと寝付けなくてと。別の日にも1度だけ連絡があったのだが深夜も深くわたくしは眠っていた。わたくしは友人としてずっと一緒に居たい。離れてしまい個人が独りきりで心や身体の痛みを味わうのなら共有していたい。弟を失ったわたくしはこれからもお兄ちゃん達と一緒に居たい。これからはわたくしが人に頼って生きてゆく番なのだ。あれだけ独りきりでやってきたわたくしは今では力不足なのだ。痛いも痒いも何にも言わないと言われてきたわたくしが2007年から引きずる心と身体の痛みに4年ぶりに病院へ駆け込んだのだ。2時間の待ち時間に1人で座って居られた。嫌いになるより嫌われる方が楽だった。今では誰かを頼り、誰かに頼られ、これからの世界は美しいと感じた。
また、凜ちゃんから連絡があると皆、嬉しいらしいよ。みんなのマドンナなんだって。笑。マドンナって、流石アラフィフ。あれかね?強かったわたくしがしおらしいのもいいのかね?