lynnosukeのブログ

愛なんてそこじゃなくて生きてるだけじゃ足りなくて

旧世界

激しい雨の下、傘を持たないわたくしは踏み締める植物の連鎖の上を一人きりで歩いていた。何処に行く当ても無く雨粒の数程の涙を流し目の前は遮になった。濡れたメープル楓の道に突然、雷鳴が墜ちた。膝から崩れ灰色の雨粒は黒い雨に変わる。朽ち果てる前触れに汚れ落ちた楓を握り締める事は無かった。
目の前が暗転をする。モノクロームの異郷に見覚えのあるドレスシューズが出現する。ゆっくりと見上げると蝙蝠傘を差した逆光の男が立っていた。激しい雨音の中で蝙蝠傘が音を遮った。男はしゃがみ込みわたくしに目線を合わせた。暗い視界に水晶体が順応をした。この視線、その瞬間に雨が流す泥の臭いが消えた。男の懐かしい匂い。雨が止み男は蝙蝠傘を下ろした。夕陽が昇る。夕陽を見せてくれた想い出が蘇る。
男は微笑んだ。
頭上から花雫が落ちてくる。幾重にも落ちてくる雫は花の香をビートに乗せわたくしの頭上に届けた。

迎えに来ましたよ。

男とわたくしは遥か前から死んでいた。