lynnosukeのブログ

愛なんてそこじゃなくて生きてるだけじゃ足りなくて

ラスト侍

病院に行った。六月末の急な腸腰筋の激しい痛み。それまでにも骨や肉の痛みがあり堪えきれずに整形外科へ。ステアリングに掴まり運転をし指まで硬直をした。整形外科では内科を受診して下さい。痛みに堪えながら待ち続けるも原因不明なので脳神経外科へと。その足で脳神経外科へ行くも強いストレスから痛みがきているのもあるからと精神科への予約。断薬四年目にして卒業をしていた心療内科から精神科へデビュー。完全に詰んだ。四度、薬が変わり一日や二日程で直ぐに服薬を止めたわたくしだが副作用や長い半減期を訴えると薬は飲まない方が良いとの医師との対話で未だに断薬状態にある。身体中はかなり痛い。そして今日で病院は終了をした。わたくしは問いた。厚生労働省が昨年発表をしたSSRI離脱症状は最低で約六年で弱まると聞きました、わたくしは八年間の服薬に断薬四年三カ月になります、服薬年数ぐらいかそれ以上かかりますか?と。医師は言った。そんなにかからないと思います、良くなっていると思います、ずっと家に居るの?はい、身体的に身体が引っ張られて転倒をする事もあり足の裏までもビリビリと痛むのです。それでも医師は外に出て散歩をすると良いですよ、気分も良くなりますし。(おいおい、気分はアンテナバリ3元気だぞ、わたくし。)その他セッションをしかけ軽めにジャブを食らわすと医師は悩んだ。なんて言うのかなぁ…(最早どっちが医師なのか立場が逆転)言葉が出ない医師に対しアップレギュレーションの話をした。医師は言った。薬自体は身体には残っていないと。わたくしは帰り道に考えていた。例えば骨が三年で入れ替わるとする、しかしながら火葬をした際に内臓や骨に残る薬剤が反応を起こし骨に色素が沈着をしている場合がある。さらには脳である。代謝や年齢、投薬の種類にもよるがコート剤は油脂である。脳は脂分で構成されており脳細胞の隙間なくコート剤の油脂がこびり付くのである。すなわちわたくしの中でコート剤は厄介であると。年数から身体に薬は残っていないと言った医師は強ち間違いではないのかもしれない。しかしながら離脱症状に詳しい医師が全国にどれ程、居るであろうか。わたくしは減断薬のグループに入っており姉妹サイトは海外である。海外で禁止をされている薬の在庫が日本に流通をしている現状や後発薬が実際は国内製薬会社を名乗っているだけの中国からの謂わばコピー品があるのも知っている。世の中は癒着なのである。減薬、断薬という言葉に気付かない状態というのは依存と離脱を繰り返している。精神薬というのは四週間の服薬がリミットなのだと、一度でも服薬をすると抜けきるまでに病院に、医師に、製薬会社に飼い慣らされギロチンを掛けられ蝕まれてゆく。救いを求め駆け込んだ病院。無駄足だったとは思わない。少しでも離脱症状についての検体のデータになり副作用と後遺症の怖さが広まれば異常性の事件も無くなるのである。ドフトエフスキーの罪と罰を一度、読んでみたら良いかもしれない、但しあっれは気が狂うよ。おぅ、ヒポコンデリーな。何ならラカンを読んでみたら良いかも。あっの爺さん全くもって何を言っているのか、そして心理学のフロイト大先生も。
病院側での完全予約制。医師は何故だか名残惜しそうであったのでわたくしは言った。また何かありましたら予約をして来ますね。はい、そうですね。医師は若干の笑顔で頭を深々と下げた。気が狂わない限り会う事はない。わたくしはいつでも俯瞰の人間でありたい。これはパニック症を発症をした巧妙である。先代は武士の家系である。何時しか薬害世論をぶった斬る日が来るかもしれない。ジャブじゃ済まないよ。笑。わたくしの事だからどの道。