lynnosukeのブログ

愛なんてそこじゃなくて生きてるだけじゃ足りなくて

エビデンス

強く繋ぎ合っていた手が離れた瞬間、幸せであった日々は忘却の彼方へと堕ちる。いつも触れ合っていたどちらかの冷たい毛先の感触は更に冷たく髪の毛に記憶が宿る。もう横には居ない。風の音、シーツが擦れる音、身体がぶつかり合う音、声。何も聞こえない。愛されていた時間は錯覚であったのか。強く抱きしめられていた感覚は確かに肌に残り心を締めつけられる。見つめていた眼差しは記憶の中で濁る。愛の中に居た映像は夕刻から夜に滑り落ちる色へと変わり停止する。愛される自信を失う。自分とは違う体温の指先が絡まる事を思うだけで哀しみが押し寄せる。記憶が宿った冷たい髪の毛を掻き毟る。ゆっくりと膝から崩れ落ちる。冷たい地面に爪を立てる。ずっと掴んでいた肩はそこには無い。愛される資格さえも与えさせてもくれない。まだ一緒に居たかった。抱き合ったまま堕ちれば良かった。一緒に居た時間は放たれた。また一人になった。

1997年 夏

金髪が揺れていた。信号待ちで車のエンジンが止まった。アメ車にはよくある話である。アロハシャツにブルーのサングラスをしていた君と一緒に車を押した。汗だくになって車を押す君の横顔は美しくステアリングを切るシャツの袖から伸びる腕は筋肉の筋が浮き立っていた。そして何よりも君の体臭が好きであった。真夏の照りつける太陽の光が君の金髪を一層、美しくしていた。俺ねぇ、こうやって車が止まるじゃない。横に乗ってる女で車を押さない女がいるわけよ、ヒールを履いているとか化粧が崩れるとかさ。降りもしない女もいるからね。そういう女は無理だわ。二人で車を押した。車が行き交う国道で。誰か手伝ってくれたらいいのにね。誰も手伝わないって、この暑さに。マンションまでの道のりをようやく押して帰ってきた。デートに連れて行けなくなってごめんね。と、君は謝ったが、二人で一緒にいられるだけでも楽しいよ。と、言った。りん、先にシャワー浴びておいで、俺の服だけど着替えを出しておくからね。初めて君の部屋でシャワーを浴びるのがとても恥ずかしかった。俺もシャワー浴びてくるわ、汗臭いでしょ?うん、その汗の匂いが好きだよ。シャワーから出てきた君は騒いだ。えっ!?俺!?サングラスしたままシャワー浴びたの!?知らないよ、顔は洗ったの?てか、頭も洗っているじゃん。俺、服脱いで、サングラス外して、またかけたんだわ、度入りだからさ。車のエンジンが止まっても動じない君はサングラスに動揺をしていて可愛らしかった。そしてサングラスをしたままベッドに飛び込んで来たのでサングラスを外してあげた。見えないでしょ?いや、ここまで近寄れば見えるよ。初めて間近で顔を見た。長い濡れた前髪に包まれ二人でじゃれあった。下目遣いでたまに髪をかき上げる君は美しかった。夕方、君の体臭と柔軟剤の香りが少し交じり合っていたアロハシャツを借りた。車を修理しエンジンがかかった。昼間とは違い涼しくなっていた。何をしていても美しいと思った。近くにいると同じボディシャンプーの香りがしていた。明日もっかいデートしよ?迎えに行くわ。君のベンチシートに乗って昨日の道を走っていた。信号待ち、今日流石にエンジンが止まったら俺、笑うわ。エンジンが止まった。昨日、借りた君のアロハシャツを着てわたくしはグレーのサングラス。君もアロハシャツにブルーのサングラス。道路の照り返しの暑さの中、二人でまた車を押した。デジャヴかと思った。君の携帯電話が鳴った。電話に出た君は大笑いをした。友人と話す口調はわたくしと話す時とは違って男くさかった。電話先で友人が国道で派手な恰好の二人が車を押していた。手伝いに行こうかと思ったが笑いが止まらないからそのまま見物をしていた。と、言うのだ。しかも友人曰わく、二人とも楽しそうに車を押しているもんだから車って押すもんじゃなく乗るもんだぞ。と、言ったそうだ。笑いが止まらない二人は力尽きていた。すると横にゆっくりと車が近寄ってきた。友人である。窓を開けながらわざとらしく故障っすか!?大変だねぇ、んじゃぁね!いや、ちょ!待って!二人は走って友人の車を追いかけた。車が停まり、冗談だって、必死に追いかけてきてお二人さん。あのねぇ、昨日も止まっちゃったの。あぁ、知ってるよ。昨日あの交差点だろ?友達が言ってたよ、暑い中、車を押していたけど仕事だったから通り過ぎたって。休みになったら二人で車を押しているって笑ってたぞ。車もねぇ、ヤキモチを妬くのさ、どこにも行けないんでないの?ううん、一緒にいられるだけでいいもん。君の美しい横顔を見ているだけで満足であった。数ヶ月後、書店で本を読んでいると隣に懐かしい体臭の男性が立っていた。ゆっくりと顔を見上げると君がいた。まだあの車に乗っているよ。その後、一度だけ君を見かけた。交差点を一人で車を押していた。涙が溢れた。

ショートホープ

結婚願望が無いわたくしが唯一、結婚をしたいと思った男性がいた。わたくしが十八歳の時から三年間、一緒に居た方である。日曜日以外は少しの時間でも会い電話は毎日あった。初めて左ハンドルのメルセデスを運転したのもこの方のである。560SEL。十歳上であったが会話は問題なく食べ物の好みが少し合わないぐらいでかなり惚れ込んでいた。それもそうで初対面から共通の知人が居たので仲良くなりわたくしは言った。付き合ってよ。と。電話番号を教えて。と、言われ教えると笑顔で、夜に電話をするわ。と、言ってくれた。夜に電話があり付き合う事となった。どちらかが車で会いに行くと片道一時間なのだがわたくしは高校生の時にお付き合いをしていた方で片道一時間でも懲りていた。真冬になると会いに行くのが大変なのである。殆どは会いに来てくれていたのだがモテる方であったので少しだけの心配はあったがお酒に弱い方なのでお酒は呑まず酔っ払っての女性関係の心配は無かった。問題はわたくしが好きになり過ぎた。何をしていても頭の中がいっぱいなのである。三年間、本当に楽しかった。背中に指文字で、好き。なんて書いてわたくしの背中には、俺も好き。なんて書いて若さなのか何だったのか。職場に来た時には小さく折り畳んだお手紙を渡すのが日課であった。大喧嘩は一度だけで理不尽に怒られたがわたくしはいつも通りにショートホープを二つ買い知人の会社に男性が来たら渡しておいて。と、頼んだ。それを知らずに知人の会社に行った男性はショートホープを受け取りわたくしに直ぐに電話をくれた。この一度だけの喧嘩が総ての要因でもあった。わたくしはお婿さんを取らないとならないのだが相手は四人兄弟の三番目であったがそちらはそちらで家庭の事情があった。そしてわたくしは長男としか性格が合わないのである。どうも二番目や中間子の方はここ一番という時にふざける。これが疲れるのである。今でもショートホープを見ると思い出す。幸せだった三年間を。

痛み

死にたいのではない、むしろ生きていたいのだ。わたくしには彼女がいる。彼女といっても電話で話すだけの関係である。昨日お昼から一人で呑んでいた。というのも普段はお昼過ぎに起きるのだが午前中に起きているという事は寝ていないだけである。夜に彼女から電話があり身体の痛みについて話をしていた。彼女もわたくしも過去にレイプに遭っている。その過去が思いだされ腕の痛みもありわたくしは衝動的に腕を切った。身体の中の膿みを出したかったのである。友人達に無理はしない様にと言われているが以前の様な無理はきかない身体である。が、最近ストレスが溜まっていた。動けないストレスではなく人間関係にである。自分がしっかりとしていれば問題はないのだが優しさに心が奪われつつあった。いつも考えていてくれるからである。わたくしはそんなに周囲が思うほど強くはない。身体の痛みは事実として受け入れなければならないが心の痛みはどうにもならない。いつも一人でどうしてそんなにも頑張るのだ。と、言われても日常を淡々と生活をするだけである。嫌になっても仕方がない。そんな時に優しくされると崩れ落ちてしまう。過去の人が現在形に居ると否が応でも浸蝕をされる。その過去は華やかで今のわたくしにはもう過ごす場所ではない。彼女と話をし共通の友人の話になったのだがわたくしは思った。なるべくなら友人関係を広げたくはない。静かにツイッター内で過ごしているのが気が楽である。腕の傷は浅く実際は刃物恐怖症があるので刃物を持つ自体、怖かった。それだからレザークラフトでレザーの裁断も今は怖いのである。この断薬一年九ヶ月でようやく包丁に慣れたぐらいである。千切れそうな腕の痛みがなければレイプの過去がなければ腕など切らなかった。これですっきりとする様になったら終わりだと思う。自傷行為というのは心の闇である。友人に君を不幸にしているのはむしろ他人だ。と、言われた事がある。なのでいつも一人で過ごしている。ただ静かに。

愚かなファッキンクライド

声が聞きたくて電話をしたわけではない。初老の債務者相手に何の魅力があるというのだ。魅力どころか心配なのである。電話口で痛みを訴えた君に対しまた心配をした。痛いのはこちらも同じである。それよりは軽いであろう痛みに対しまた心配をした。大切に大切に想っているからである。死なれては困るのだ。面倒見が良くそれ故に口が軽い。自己防衛の末路である。そこを傷つける気は無い。短所であり長所だと思うからである。人付き合いが下手なのである。それをも分かっているのに周囲が君を頼り君は勝手に疲弊をする。それは近くに居る人間もそうである。腫れ物に触らぬ様に顔色を伺う。わたくしは違う。総ての本心を持って君に語りかける。解ってあげたい、というか解っている。君もわたくしの懐は何となく解ってはいるであろう。君と初めて一緒に呑んだ時に言った。遠く離れて行きそうで心配なんだよ?えっ?わたくしはそんなつもりが無かったので驚いた。そんな風に思ってくれる人は居ないからである。いや、居てもわたくしが拒絶をしている。わたくしの本質など誰も知り得ない。わたくしが今、何を思って何をしようとしているのか?君には解り得ない事でしょう。それでもわたくしは君の事を常に心配をする。いつも気にかけている。独りで抱え込むからである。頼って来る人間は何かしら君のネームバリューでもって近寄る。本当はそんな面倒な世界が嫌いな君はまた面倒を見る。繰り返す。わたくしはそんな君をいつまでも見てはいられないのである。恥をかかせたくはないから外勤用のボールペン一本の為に帯広中を走り回った。三日目には疲労から寝込んだ。君がわたくしの事を想ってくれるのであればもっと大切に扱うであろう。今以上に大切に。しかしながらそこに踏み込む余力はもう無い。君は君が愛する人間の元へ。わたくしはわたくしを愛でる人の元へ高飛びをするであろう。幾らわたくしが文句を言っても聞き入れてくれるがそれだけでは足りないのだ。わたくしが奴をリリースしたんだよ。と、言った時に、俺をキャッチしてくれよ。と、言った。寝込んでいて夕方に会いに行き時間が無いから直ぐに車に乗り込んだわたくしは思った。いつも良くしてくれているのに横槍の男性にシフトをしたのを悪いと思っていた。なので、足りない。と、言い、君の元へ戻り首筋に口付けをした。わたくしの父と変わりがない年齢の初老にちすを求め喜んでいる。安らぎたいのである。今のわたくしなら君を抱え込み連れ去るであろう。土地を買って家を建てペルシャ絨毯を敷きモケットのソファーに座り暖炉を眺めながら酒を呑む。昨年まではその熱量がありソファーも探し当てていた。終の棲家である。今はその熱量なども無い。君がわたくしの事を好きでも何でも無い。と、知らされてからは。君の顔のタイプでもなければわたくしの顔のタイプでもない。それでも、ふと、一緒に居たら楽しい。ただ、それだけで。

パキシル断薬 一年九ヶ月

ようやく一年九ヶ月である。全身の不随意にビリビリブルブルとした千切れそうな痛みに痺れも強くなっている。皮膚の皮下出血は減ったが皮膚の異常な痒みがある日がある。腹部の筋肉は肋骨に巻き込み全身の骨に肉が巻き付く痛み、最近では毎日、左首がジストニアを起こしているので頭痛と吐き気がある。乳腺に痛みが走ると心臓に響き脈がおかしくなる。心臓の裏の痛みもありとにかく背骨が苦しい。眼球も引っ張られるので見えにくく光を眩しく感じる。鼻の骨も相変わらず動いているので鼻は腫れたままである。舌の根元も未だに下がったままなので喉の乾燥も酷い。噛む時に歯の神経が痛み噛めない日もある。酷い時は手の指が腫れ上がったまま硬直をしてしまう。全身の不随意が強くこのひと月は寝たきりである。座っていられないのである。昨年の今頃は運転をし不随意がありながらもあちこちに出掛けていた。一昨年、五月からの減断薬の頃の状態に近いほど体調は悪い。この状況を教えていない友人から電話がきた。友人の弟さんから大丈夫だろうか?と、連絡があったそうだ。普段、痛みがあっても痛いと言わないわたくしが相当キツいよ。と、言うと、死んじゃ嫌だよ。と、言われた。この友人はわたくしが以前、子宮に水が溜まり死にかけていた時に同行をしていたので心配になるのも無理はない。寝たきりでも物凄い力で不随意をしているのでお腹は空く。しかしながら胸やけを起こしあまり食べられない日もある。一日一食の楽しみすら奪われる。毎日ただ時間が過ぎるのを待っているだけである。別の友人が時間潰しに文章を書きなさい。と、言い、目と指の痛みに耐えながらも毎日、書いている。文章から何年も離れていたので言葉を忘れているが当時の記憶はよく覚えている。それはインディゴブルーというタイトルで書いた日の事、男性と別れた時を思い出し丸一日、涙が溢れていたほどに立ち直れなくなるところであった。何かに集中していれば少しは紛れるのだが寝たきりなので何もする事ができない。むしろ横になっていたい。

ディストピア

世界は様々な複合体として貼り付けられているが同時に脆く剥がれ落ちる。これは集団の細い隙間に風が吹くからである。ただでさえ膨張をしてゆく人間性キュビズムの世界に納めているだけである。剥離された関係をもう一度、貼り合わせようとは思わない。二度と同じ形にはならない。綺麗に貼り合わせないとどちらかに影さえ生じる。そこに溢れる欺瞞があれば嘘が派生し石の様にあちこちに点在する。その石に足をすくわれ怪我をする。その怒りでもって石を描かれた世界に投げつける。音や匂いの記憶は鮮明だが見てきた記憶は捏造される。その景色は合成され着色される。色だけが強烈に遺され瞼を閉じる。目の前が真っ黒に塗りつぶされても残像の様に強烈な色がフラッシュバックをする。この色が現れた時にわたくしは君を傷つける。一度は愛していた記憶の中でも君を傷つける。見てきた君の記憶を消し去る為に嫌な女になる。繋ぎ合わせていたシーンを次々と破り剥がしてゆく。幾つもの目が走る。言葉の白々しさと景色を残酷なまでに奪い去る。君は二人だけのフィルムを握りしめ身体を丸め込んだまま暗い海底へと沈んでゆく。わたくしは自分の両耳を塞ぎゆっくりと目を閉じる。黒色な涙を流す。頭上から落ちてくる粘性の高い絵の具に打ち付けられる。 幾重にも流れ落ちる色の世界は混ざり合い全身は真っ黒になる。わたくしは影になる。もう、どこにも居ない。