lynnosukeのブログ

愛なんてそこじゃなくて生きてるだけじゃ足りなくて

ユートピア

二つの花が咲いていた。蝶が蜜を愛で舞っていた。花は木箱に入った道標を頼りに音楽とフルーツバスケットを携えてカペラを探す旅に出た。揺れ動く色鮮やかな葉っぱをすり抜け笑いあっていた。季節の匂いとイタリアの香りの中を走り回った。大きな砂時計に出逢った。立ち止まって流れ落ちる砂を見つめた。時間が止まりそうな瞬間、二つの花は砂時計を反転させた。誰かが居れば止まる事は無い砂時計。小さな二つの花は前へと進んだ。あちこちに散りばめられた綺麗なビーズを集め走り回り心の扉を開ける鍵を見つけた。跪いて足下の汚れを綺麗にしてくれたのでお返しに両手の中に光るツリーをあげた。何度か雨に当たった。寒がる君を温めた。思いは一つ。色々な物を分け与え創り上げた。歌声は響きカペラを探す旅は続いている。

夜明け

深夜、乾いたボブディランの曲を聴きながら静かに熱い涙が溢れ出した。暫くの間いなくなる。と、言われた。足早に駆けてゆく足音が人混みに消えて行った。一度だけ振り返って本当に行ってしまった。果たして行き交う人々の中で幾人が幸福なのだろうか。思い出が溢れ出した。わたくしは一人、灰色の空の下で立ち止まった。朝は太陽となり照らされ夜は迷わぬ様に月になってくれていた。遠くても毎日。あの頃、貴方はわたくしの中で宗教であった。絶対的な尊敬をしていた。連絡も取れずいつ戻るのかも分からない日々。帰省本能がある貴方が必ず戻ってくると信じていた。寂しさが押し寄せる。壁に描かれた絵画の様にいつも傍らにいてくれた。時に攻撃的な才能に惚れていた。無条件に守ってくれていた。恋という好きだという感情を知った。愛という思いやりを与えてくれた。太陽も月も見えない暗い部屋でわたくしは目を開けていた。止まった時間の中で想いは消える事は無かった。数年をかけて目を閉じるとゆっくりと足音が聞こえた。暖かな空気に変わった。あの日のままわたくしは目を開けた。そこには貴方がいた。沢山の光と導き出す星と共に戻ってきてくれた。目の前は光り輝き優しさに包み込まれた。ありがとう。

肉体の風化

進化の毒性。空中で撃ち抜かれた鳥の風切り羽根が幾重にも頭上に降り注がれた。先人達は破壊と創造を繰り返してきた。あてもなく走り出し吐息を奮わせ両手を広げ飛び込んだ世界。進化をしてゆくのには必ず傷を背負う事を約束される。カフカは言った。地上的な希望はとことんまで打ちのめされねばならぬ。その時だけ人は真の希望で自分自身を救う事ができる。しかしながらギリシャ神話の逆説には世界の中の悪意や疫病が入っており開けてはならない箱がパンドラの箱。今、世界に悪意、犯罪や病があるのは箱を開けてしまったからだ。しかし箱に唯一、残されていたのは希望だ。それ故に人は希望を胸に生きてゆける。しかし何故、希望が入っており尚且つ残っていたか?それは希望が人間を惑わす一番手に負えないものだからだ。絶望を手に入れてからこそ希望を手に入れるのだとわたくしは思う。見え透いた希望など浅はかで本質的ではなく打算的である。もがき苦しみ付きまとう輪廻転生の業。名は体を表す。生まれ落ちた瞬間から個々の印が額に刻まれている。チャクラが開かれた時、楽になるであろう。

浮遊

着色された砕片が回りだし記憶を辿る。触れた皮膚の感触と骨格を思い出す。男女のオートクチュール。肉の重みを知った時、大人になる。それが当たり前になった時、産まれた時の事を考える。快楽を失う。原子の海に投げ出されシナプスが泳ぎ回る。苦味を帯びた羊水の中で微かに声を聞く。この世に産まれる事を拒み続けたわたくし。生きる屍となり前へと進む脚力を亡くす。一緒に泳ぎましょ?誰かの声がする。姿が見えない兄か姉の声。本当は一人っ子ではなかったのだ。波の音がする。漂いながら辿り着いたこの場所で静かに息をする。呼吸は泡となり細胞分裂を繰り返す事など無く暗い海を浮遊する。生まれ変わる事も無く。

空高く

手から細く長い糸がすり抜けた瞬間、空を見上げた。目眩がした。太陽の光が眩しく瞬きの間に風船はどこかへ消えていた。大切にしていたのに。
どうして風船って手から離れてしまうのだろう。
子どもの頃には気がつかなかった。身体のどこかに絡めておかないと離れてゆくという事を。例えそれがどんなにも細かろうと強く握り締めていないと。わたくしの下腹部に抱きつき身体を丸めていた男の頭をずっと撫でていた。わたくしの顔を見上げお腹の中に還りたい。と、言った。私は貴方のお母さんじゃないのよ、それでもいい?と、訊ねるとあどけない表情で、うん。と、言った。
風が吹いていた。記憶が蘇った。
どうして風船って手から離れてしまうのだろう。
どうして風船って手から離れてしまうのだろう。
掴んでいないと駄目だと思った。風が吹いている。小さく丸めていた男の背中をしっかりと抱いた。それでもすり抜けてしまう気がして男の髪の毛に指を忍び込ませた。絶対に誰にも渡さない。
風が吹いていた。嬉しかったのだ、風船を貰って。家族三人で歩いて幸せだったのだ。
風が吹いている。
わたくしの握力は子どもの頃のままであった。
掴み取れなかった。
愛していたのに。
大好きであった。
手を離すなと言ったのに。
無力だった。
空へと消えた。もう誰の物なのかも分からない。

止まない雨

窓を叩きつける激しい雨音。殴られているかの様な凄まじい雷音。子どものわたくしは一人で布団に潜り母の帰りを待っていた。涙を流しながら待っていた。あの日の夜もそうであった。連日の大雨は勢いを増し屋根の真上から響く雷鳴に一人で心細かった。町内のアナウンスカーは避難勧告と断水を告げていた。雷鳴と同時に停電をし灯りがちらつく部屋で浴槽やポリタンク、水筒、とにかく水を貯めこんだ。携帯電話の電波は途切れ出し一人でうずくまった。わたくしは子どもの頃からエネルギーが爆発する音に敏感なのである。怖いのである。そんな時に遠く離れる友人から電話が入った。すがる思いであった。聞こえにくかったが確かに声を聞いて落ち着いた。あまり人には言っていないがわたくしはアリス症候群と脳内爆発音症候群という疾患がある。空に突き刺さりそうな高層ビルの鉄筋が一瞬にして崩れ落ちる大きな金属音が脳内に響く。全身は極度に小さく感じ頭は部屋中を支配するかの如く膨張感に見舞われる。心が壊れてゆく。いつも一人で。弱っていたわたくしはその友人からの電話で崩れてゆく何かを分かっていた。心が途絶えてゆく。離れてゆく。傷つけ傷ついてゆく中に自らが飛び込んだ。エネルギーが爆発する音に耐えられなかった。音に苦しむ一瞬に目の前を塞がれる。信じたかったのだ。誰かがいないと自分の存在自体が分からなくなる。心の暗渠に入り込んだ友人に安らぎを求めた。溢れ出した時、一人ではなかったが苦しかった。激しい雨はわたくしを連れ去る事はなく描いた想いだけが止まった。崩れてゆくのが早過ぎて今でも傷ついたまま涙を流しながら待っている。

可視光線

出逢ったその日、黒曜石を手にした貴方は美しかった。石に水をかけ虹色の表面を見せてくれた。不規則にゆっくりと流れ落ちる水の雫は光り輝きゼリー状の硝子体は揺れた。不思議な空間であった。初対面で肩が触れ合うほどに真横に立ち体温を感じていた。遥か昔から一緒だった様な気さえした。石と一体化した微粒子と波動、そしてわたくしと同じ目をしていた。これは同じ者同士にしか分からない一点の黒、水晶体の上の虹彩。見なくても良い物を見てきた目。盲点である視神経乳頭には細胞が無い。その細胞にですら何かを刷り込まれた目。桿状体と錘状体に張り巡らされた三属性。貴方が導き出す屈折、散乱、回折、干渉をわたくしは吸収、反射、透過をした。加法混色の日々を過ごした。黒曜石のプリズムに分光され刺激値は直読された。視感は測色の方向。構成が色鮮やかに調和し合った時、感覚と知覚は遠い日々に巻き戻された。数年前、貴方とわたくしは同じ空間にいた。既に出逢っていた。数年をかけて開かれていた盛大な幕開け、引き寄せの法則。黒曜石が三原色の一つであった。薄明視の中で出逢ったわたくし達は色順応をする事はなく恒常的であった。同化現象ではなくあくまでも個々の色は明確に知覚をしていた。混色ではなく追出をしてきた。視認性と可読性を保ちながら表現感情と固有感情で効果をもたらした。具体的連想や抽象的連想を語り合った。等純系列を経験している同じ目。不調和とは明度の影響が大きいが貴方の美度で毎日が調和されていた。触れた指先は温かく合わせあった背中は大きく支えてくれた。初めてだった、温度がある髪の毛を保有する男性は。小さな灯りを一緒に眺めた。暗い部分が見えない人間にはその深さは分からない。眩しい季節を与えてくれた君をいつも想う。