lynnosukeのブログ

愛なんてそこじゃなくて生きてるだけじゃ足りなくて

断薬八年六ヶ月

パキシル断薬から八年半。未だ全身の痛みは増し更には縫い針が三センチ程、身体のあちらこちらに刺さる痛み、足裏には棘が埋め込まれる痛みにまともに足裏を床に付けない日もある。凄い力で身体が引っ張られ臀部の上の部分が勝手に切れる。普段の筋肉の痛み以外の筋肉痛が起き歩く度に凄まじく痛む。光の眩しさは変わらず眼球を切られる痛みも有り目の周りが腫れると逆さ睫毛になり眼球が尚更痛む。内臓を刺される痛みに切腹をしてきた方達の気が知れない。お風呂場のシャワーヘッドをナノバブルに交換をしてから肌の当たりが柔らかくなりシャワーを浴びる痛みが少しだけマシになったのだが水流が細かいのでお湯が冷えやすく寒い浴室にはあまり向いていない。

新年

元日、年賀状を見ると今年度分より年賀状による新年のご挨拶を控えさせていただくことと致しました。と書かれていた。今年の秋から切手代が値上がりするからであろうか。確かにニュースで年間何百枚と絵手紙をお出ししている方が困っていた。差出人も受取る側も何かこう、寂しくなる感じがした。そんな感傷的な気持ちの中、随分ヤフーメールが鳴るな、と、見て目を疑った。石川県能登半島地震である。震度七という情報に大変な事になったと直ぐ様テレビを点けると地震速報が鳴り止まず直ぐに災害避難の緊急ニュースに切り替わった。津波警報の地域に親戚や友人が居る。どうしているであろうか。焦燥感の中、頭の中には有った。それは年末、日頃から緊急アラートを設定していないので端末にアラート設定のお知らせが届いていたのだ。お正月に地震災害が起きる気がしており停電時、寝袋やテント等の動線をシュミレーションしていのだ。東日本大震災の影響か津波警報が目立ち火災情報を報道したのはテレビ局一社だけであったらしい。何度も鳴る緊急速報に東日本大震災の際のトラウマが蘇り音を下げ必要な情報だけをチェックしその場を離れた。重々しい新年の始まりであった。王子さんはお正月休みに入ったものの痛風を気遣い呑む訳でもなくわたくしの夜の仮眠同様に眠っているので普段通りの生活である。わたくしは未だ積本が有る中オヤというトルキィの伝統手工芸が気になり年末に本を検索。ようやく気になる本を購入。ちまちまと頁を捲っている。只でさえ検索に目が痛みそれから本を読むとなると文字が見えにくく目の周りは腫れ上がる。なので今年マイナンバー保険証を作りに行く前から目を休めないと顔写真が別人になると思われる。現に昨年、免許証更新の写真がそうであり安全協会の方も前の免許証と現在の顔写真を見比べたぐらいに違う。スマホ内のフォトも認識しない事も有る。今年の予定としてエアコン交換と保険証を作りに出掛ける。わたくしは転居届を提出しているのでこういう時に面倒なのである。エアコン交換の請求も来た時にお支払い致します。と言ってあるのだが電気工事業者さんも入るのでこちらは後日請求かもしれない。四回くらい出掛けないとならない計算である。一月二日、羽田空港のC滑走路で日本航空JAL)の516便から発火炎上した事故について政権幹部によるとJALの機体と衝突したのは海上保安庁の飛行機だった。海保の飛行機は能登半島地震の被災地に救援物資を届ける予定だったという。海保の飛行機に搭乗していたのは6人で、うち5人の死亡が確認されたとあった。わたくしの中で今年はあの年に似た感覚が有る。昭和六十四年 昭和天皇崩御。平成元年、わたくしがこの地に引越して来た転換期の年。あれから三十五年の月日が流れた。

マーキングタイ

電化製品が増え充電する物が多い。ACからUSB、USBポートからC-Type。テレビを新しくする前はゲーム機6台か?にVHSまでコンセントが挿してありその他、充電する物も多数。今まではマステをコンセントに貼りどの機器か記してあったのだがマーキングタイを自作してみた。袋留めクリップ、通称クロージャーが有ったのでそこにラベルを貼っただけの至ってシンプル。テレビ裏からチラッと見え可愛らしくなった。食パンを食べる機会が無く王子さんのお弁当にホットサンドを作った時のみ捨てずに取っておいた物。これは短くなった手芸糸を巻いておくのに重宝する。今日は食器棚のガラス拭きとトイレ掃除、最後のお洗濯。近所にコインランドリーが出来たのだがそこまでも行けないので怒涛のお洗濯に全身筋肉痛が更に増しておる。

ラベルプリンター

ラベルライターはペンコ派のわたくし。結局ラベルプリンターを購入する事となった。理由は電力検針票の廃止である。今後はスマホで使用料の確認となるのだが問題は王子さんの弟と妹宅である。二人はスマホを持っておらずスマホを持っている二番目の妹は何処に居るのか分からない。毎月使用料を書いて渡したところで実感は無いであろう知的障害者。そこでシールである。子どもがシール好きな欲求を利用しようと考えたのだ。サーマルタイプなので数年しか印字は残らないがその方が逆に良い。何年間も残されても片付けるわたくしの手間が掛かる。毎月シールを紙に貼ってもらうのだがここで引っ掛かっている事が。貼るのは楽しいだろうが電気代の毎月の目安までは考えないであろうと。節約の概念が無いのだ。根気よくと言っても弟 四十七歳。妹 四十四歳。知的レヴェルは七歳と六歳なのだが年々と言う事を聞かないどころか反抗的人間なのである。次回、炊飯器が壊れたら小さくして保温時間を減らす様に考えている。そしてラベル代の方が高く付くのだがしゃあない。弟に至ってはお薬手帳にテープで貼るのも苦手なのか結局わたくしが貼り直したりと手が震えるこっちの方が疲れてしまう。アプリをインストールし設定をしただけだが楽しみである。手ぇさえ震えなければね。

プレゼント

毎年クリスマスは25日にプレゼントを交換する。王子さんの残業が続く中ダイハツの不正問題も絡み業界てんやわんやなのである。気付けば零時アゲインスト。なので深夜からのわたくしの時間は朝方にズレ込んでいる。考え事をしておるとあっという間に過ぎてゆく。クリスマス前にはナノバブルシャワーヘッドと今年も沢山頂きました。王子さんが勤める会社の社長から毛がにを頂きいざバラしに取り掛かったのだが尋常ではない手の震えに出来ず王子さんにチェンジ。すると王子さん、手に痒みが。元々アトピー性皮膚炎が有るのでかぶれてきた様子。なので後半わたくしが遣り始めるも断念。手の震えが治まってから再度チャレンジ。てか、痛風持ちの王子さんにはあまり毛がにはよろしくないのだが美味しく頂きました。ラチェットも水平器も持っているのにラチェットと水平器のおかわりが来ました。やたらに長い結束バンドは何に使うのか分からないがこうして考え事が増えますね。笑。先月、友人が泊まった時様の加湿器を購入。そいつに振り回され使った事が無い加湿器を稼働。

年末

王子さんが勤める会社の忘年会が先週金曜日に開催された。前回、行った事が有る一見さんお断りのお店の移転後初。まぁ、痛風持ちの王子さんは食べられる物が無くは変わらずで一人五千円コースだったらしいが専務曰く呑み代に掛かったと。それはMさんがほぼ一人で呑んだ日本酒、三万五千円!そして翌日グロッキーだったらしいが専務がネットで調べると六万円以上もするのも有るらしい。わたくしがサイズを聞くとMさん一升も呑んだとか。やるね。夏に一度した書類の整理を三日掛かりで終了。今でこそペーパーレス化で紙という媒体は減ったのだが五年保管の書類の多さに白目〜。しかも目がヤラれているせいか細かい文字の見えない事なんのって。マジで具合が悪くなった。ずっと暴風で身体中の痛みに拍車が掛かっているのだ。友人M氏も年末疲れか珍しく、ワタシ、ツカレタ。と仰っりつつもサーヒ(サダム氏)と電話で話すと息巻いておった。わたくしに連絡をするなと。メッセージのやり取りも駄目だと言う。逆に今は電話よりもほぼメッセージのやり取りの方が多いんだよ?と伝えるもわたくしとのやり取りを見て全力否定のスタンプが送られて来たのでサーヒに、コドモホシイ?と聞かれたのは言ってはいない。王子さんが勤める会社の社長から御歳暮が届いた。社長に就任してから二度、違ったハムのギフトが届いていたので今年もハムかなぁ?と待っていたらハムであった。マヨ醤油で頂きますね。吐き気が無ければ。どうも有難う、社長。そして三人も知人が亡くなり何とも言えない感覚に襲われている。今年は訃報が多すぎる。明日は我が身と思えば一日がとても大切だと感じる。急に居なくなるのだ。あの時こうしておけば良かったなんて後悔はしない生き方の方が楽である。

断薬八年五ヶ月

目覚めると、今日も生きていると思う。と同時に全身の痛みが始まる。季節柄、届く喪中ハガキに気が滅入り法要へ出向く王子さんの準備を考える。先月はテレビの不具合にメーカーさんと電気屋さんが六度の来訪。それは良しとし大変であったのは不具合が出るまでテレビを点けたままにしておく必要が有り光が眩しいわたくしには拷問で一ヶ月もその様な環境。更にはメーカー支店本店、購入店からの着信。パニック全盛期の頃であれば着信や不在着信だけでも発作が起きていたのだが着信や来訪の待ち時間に発作が起こる事は無かったのだが常日頃、心臓の苦しさや痛みは有るのでメーカーさんが居る時にも少し横にならせてもらった。座っているのも痛みで苦しいのだ。そんな中、友人のメッセージや電話に思う事が有ったのも事実で振り回されたと言えばそうなのだがそこまでも親身になったとも思えない。俯瞰で見ていたのだ。そうしないと気が狂うと思った。あれ程、手の震えが強いと文字が打てないと言っているのに。別の友人や王子さんにその事を聞いてもらった。普段のわたくしならばあまり人に相談はしないのだが痛みで思考が低下しているのだ。結論は出ており価値基準が変らない友人とはソリが合わないのである。一から十以上も説明を求める姿勢にわたくしは、おんぶにだっこやで、五十近くにもなる人間が。と言った。これが結論である。会っていない十七年間、何も変わらないどころか性格が歪曲し同級生である王子さんですら、結局は自分の事しか考えていないんだ。と否定的であった。言い得て妙だと思った。総ては自己満足でしかないのである。それこそ何年も会話をしていないわたくしの友人と話しをしてもその様な事は無く変わらないというよりも日々進化しているのだと思う。わたくしの友人はほぼそういう人間なのだ。この人と合わないと感じた時がシグナルなのである。以前から違和感は有ったのだが顕著となり来年は良い年になればと思いつつ年々増す痛みにフォーカスする生活がいつまで続くのかと毎日毎日、思っている。そして、チバユウスケさんが亡くなった。