lynnosukeのブログ

愛なんてそこじゃなくて生きてるだけじゃ足りなくて

道化師

向かいに住む義手の老人が犬を伝い散歩をする時、盗みを働くロシア人が走る。ゴミ捨て場の残飯を貪る盲目の野良犬。北側に鎮座する王子製紙の煙突。賑やかさを失った親不孝通りの寂れた呑み屋街の看板。刺青の男達が御神輿を担ぐ港祭り。小さな橋の上の銭湯。曾祖母に連れられ聞いたお坊さんの説法、数えた数珠の数。路地裏を通り抜け広がる浜、潮の匂い。ガラス石を拾い上げ港へ向かうフェリーを見つめる凪の日。36号線沿いの粉塵にまみれた歩道橋を渡り通った西小学校。下校途中に遊んだ樽前神社。恐る恐る開ける家の玄関。部屋の至る所から出て来るウイスキーの空き瓶、暴かれる現実。這いつくばりながら息を荒げ自分が産んだ子どもが居るか寝ているわたくしを確かめに来る。生き別れがいいか死に別れがいいか…と、電気を点ける顔面血だらけの母親。右目で見たトーチカの様な暗い不気味な奥の部屋から引き出される全身血まみれの母親。夕陽を浴びながら祖父母を呼ぶ為に必死に路上を走る小さなわたくし。祖父と家まで走った夕刻。革靴のまま部屋に入った祖父を止めては行けないと思った。更に出刃包丁を腹に突き立てる母を取り押さえる父と祖父。もう、駄目だと思った。祖母である母さんと手を繋ぎ歩いたナナカマド並木道。見てごらん、三日月だよ。見上げた儚く重い薄暗い空。市場が放つ野菜と果物に混じる魚の血の匂い。蔦を這わし延びてゆく朝顔。カーテン越しにこちらを見つめる隣人。新聞紙の上で息絶えた兎の亡骸。無情に廻る風車。止まったままの壁掛け時計。
苫小牧 浜町