lynnosukeのブログ

愛なんてそこじゃなくて生きてるだけじゃ足りなくて

断薬七年八ヶ月

凄まじい全身不随意の痛みにビリビリブルブルとした痛みが強く身体中が波打つ様に引っ張られる。なので座っているのが苦しいのだが先日、大きな長めの地震があり完全に身体のバランスが取れなかった。金曜日、苦しい痛みの中、免許証更新手続きに行ってきた。日中より午後からの痛みが凄まじく、なのに夜の講習に決定。食後ならお腹の激しく動く音がするので食べないで行く事に。只でさえ出掛けておらず一人で出掛けるリハビリをしていないので何処までパニック発作が出ないのかも皆無。今回の作戦は座席は前回同様に光が眩しいからと後ろにしてもらおう、そうすれば身体が動いているのを見られないで済む。館内の時計の針は早く進んでいて実際は残りあと何分あるとカウントをすれば良い。わたくしの普段使いの腕時計は五分遅れている。これは前々回にしてみた事。十五年前は運転免許試験場で受けたのだが発作に見舞われ嫌な思いをした。初めての発作は十六年前なのだが原因不明と言われ運転免許試験場の後、診療内科にてレキソタン、頓服にユーパン、後にパキシルである。まぁ、当時の流れ的にはスタメンであろう。レキソタンは十年以上前に一気断薬をしている。講習後に晩ごはんを買いに行ったら帰宅が遅くなるので先にコンビニへ。服装は軽めでゆったりと。前回の様にゆったりとしたコートなら身体の不随意が目立ちにくいが持っているのは裏地がボア。座っている分にはクッションになって良いが今なら暑いわね。他のコートはぴったりとしている。バブアーを着たかったのだが肩の皮が剥けているのと部屋着生活なので重たいわね。等と行く前からのシュミレーションをしていた。それがそれが水曜日、知らない番号からの着信が。町内なのでもしかすると更新手続きに何か書き間違えたのかもしれないと出てみると交通安全協会の女性からであった。講習当日に一階で何やらがあり、駐車場に車が停められないかもしれないので更に早く来た方が良いと言う。パニック持ちには待ち時間に耐えられない難問である。なのでとりあえず、当日に言おうと思ったのですが光が眩しく感じ過剰に反応をするので後ろの座席に座りたいのですが。と言うと、後ろなら大丈夫なのですか?と半信半疑な返答に、画面が近いと眩しくそれで五年前の講習の時も後ろに座らせてもらいました、ヘルプマークは付けて行きます。と言うと、他に具合が悪くなったら言って下さい。←五年前を思い出してくれた。これでひとまず安心し会話を終えたが徒歩で行った方が良いのでは?歩けるのか?そんな水曜日。晩ごはんは行く前に用意をしておこう。そして当日、髪をカーラーで巻いたりゆっくりとトコトコ歩いて行く事に。このゆっくりというのも足裏の接地時間が長いので足裏が痛む。かといって早歩きは不随意で出来ない。外に出ると寒く傘が要らないぐらいの小雨。五年前は雪と風であった。歩きながら誰の涙雨かねぇ、亡くなった母が心配してくれているのだろうかねぇ、てか、母はわたくしのパニック症は見ていない。誰かねぇ、なんて公民館が見えてくると物々しい数の車両が。向かいの福祉センターの駐車場も満車。道路にハザードで停まっている車もある。駐車場以外では出待ちなのか何台もの黒塗りの高級車や黒タク、明らかに町内で見た事が無い。選挙の関係者?それなら当初から日程的であろう。すると続々と人が出て来る。近づくにつれ喪服である。そして公民館入り口の衝立を見て驚いた。元議員さんのRさんの葬儀と書かれていた。Rさん、亡くなったのか…。二階に上がり講習会場へ。発作も吐き気も出ず身体の痛みと蛍光灯の眩しさ。やっぱりハットを被って行けば良かった。断薬をし二回目の講習なので後ろに座れる安心感があった。往復二十分間の徒歩だけで帰りには股関節が痛くなり余計に歩けなくなったが講習の四十分間、座っていられたよ。