lynnosukeのブログ

愛なんてそこじゃなくて生きてるだけじゃ足りなくて

ディープスロー

爪を噛んだ。子供の頃、爪を噛む癖があり母に叱られた。僕は手を見た。僕の手は汚れている。彼女を背負い海の底まで沈んだ。なのに僕だけが助かった。静かに蓄音機に触れている傍らに彼女は居ない。窓の外を見ると木々が雪で凍て付いている。今は冬なのか僕には分からない。彼女が描いた景色なのかと記憶を辿ると僕はセーターを着ている。気が付くと舐る熱さに顳かみが疼く。彼女の耳を覆い手にしたショットガン。遠い記憶に濡れた夜の石畳。あれはゴッホの景色だ。黄色い街灯、ランプのほんのりと鯨の脂の匂いが燻る街並み。黄色は金木犀の花を燃やすのではないのか。此処は何処なのだ。風見鶏が居ないと分からない。ペガサスも迎えに来ない。僕は手首の御守を空へ鳴らしてみる。すると空に大きな帆船が現れた。このキャンバスに何か描けというのだろうか。僕には出来ない。印象派の綺麗な幾重にものの気球が浮遊している。ピントを合わせる様に探り合わせると気球には小さな女の子が笑顔で小さく手を振っている。記憶の部屋に貝殻の中で隠れん坊をした女の子が居た。あの娘は彼女なのか。ただ見つめるしかない。僕は気球を掴もうと手を伸ばす。どんどん腕は伸び手は大きくなる。女の子に触れようとすると彼女は頬に小さな光る星を付けていた。一瞬で涙が溢れ出した。僕への道標。でも僕の手は汚れている。静止していたチェリストが演奏を始める。遠くから義手の老人がゆっくりと手招きをする灰色の手。この不協和音は憂いの母の声。その場に蹲り頭を抱える。頭の中で番いの柱時計が一斉に鳴りく。今でも一緒に居たかった。僕は罪を犯した。手にしていたコウライテンナンショウの実を口に含む。一瞬の痙攣から深い眠りに就く。

僕はいったい誰なのだろうか。